選択的ETS の
安全性と仕組み

選択的ETSの仕組み

ETS手術は、胸部の一部の交感神経を除去しますが、その手法は時代とともに変遷しています。

交感神経の解剖
交感神経の解剖

当院では、「選択的ETS」と言って、交通枝のみを選択的に切除する方法を採用しています。
国内には、交感神経の枝のみを切除する施設が数か所あります。そのうちの1つが大学病院の「岡山大学 呼吸器外科」で、同様の手法が行われています。
この方法では、本幹を保持することで、代償性発汗などの副作用を最小限に抑えます。手汗(脇汗)の抑制効果は、本幹切除には及びませんが、汗を完全に止めるよりも正常な範囲に収まることが重要です。(完全に発汗を停止すると、ひび割れやアカギレが強まります。これは、職業や生活スタイルによって異なります。)再発のリスクは本幹切除よりも高くなります。交感神経の枝を同定・剥離するため、この手法は本幹切除よりも難易度が高い手術となります。

交感枝の同定には、胸膜の剥離が必要で繊細な作業です。
本幹を傷つけないように切除するには、30~40分かかります。
一方、本幹切除の場合は10分程度で終わります。
どれくらいの手術時間かも、切除方法の判定材料になります。

選択的ETS 一般的な切除部位 古典的ETS
選択的ETS 一般的な切除部位 古典的ETS
代償性発汗
少ない代償性発汗多い
手汗再発率
高い手汗再発率低い

選択的ETSの場合、副作用は少ないですが、(数十年経過すると)再発するリスクが上がります。また、手汗の止まり方も極端にカサカサになることはありません。
選択的ETSのメリットは、交感神経本幹を温存すること、手汗を程よく抑制し、代償性発汗をできるだけ少なくする点です。

選択的ETS・術式の工夫

2ポート法で安全性を担保

多汗症手術に失敗は許されません。患者様は、汗に悩んで治療を受けるわけですが、身体的には健康な方です。
日帰り胸腔鏡手術で最もケアしなければならないのは、「出血」です。交感神経の周囲は、血流が豊富です。
交感神経の剥離中に出血を伴うことがままあります。ETSを行う上で、「止血能力」はとても重要な要素です。
ETSには1ポート法(穴が一つ)と2ポート法(穴が二つ)があります。
当院では、安全性を担保するために2ポート法を採用しています。

  1ポート法 2ポート法
  傷跡 傷跡
傷跡 脇の下に1つ 脇の下・乳輪脇の2カ所(写真あり)
使用可能な
道具
電気メスのみ 電気メス
止血用バイポーラ
剥離鉗子
洗浄
吸引
視野 悪い
不明瞭・止血困難
悪い 不明瞭・止血困難
良い
分枝の同定・出血の確認が可能
良い 分枝の同定・出血の確認が可能
出血時の
視野
ほぼ何も見えない
ほぼ何も見えない
止血用デバイスを使用して、確実に止血
止血用デバイスを使用して、確実に止血

傷は3mmで最小限僕自身は麻酔科医として様々な緊急手術に立ち会ってきました。
1ポート法(日帰りETS)術後に血胸(胸の中に血が溜まってしまう)になり、緊急搬送されてきた事例があります。当然、その場で緊急手術です。
1ポート法は止血が確実ではないというデメリットがあります。

2ポート法の傷跡は、2カ所です。(女性の場合は側胸部)
脂肪吸引と同じくらいで、ほぼ見えなくなります。

術中レントゲン撮影により、椎間レベルを確認

胸腔内で最も上位に見える肋骨は通常第2肋骨ですが、第1肋骨の場合もあります。ETS手術では、切除する部位が非常に重要ですので、手術中にレントゲン撮影を行い、実際に第2肋骨(T2)であるかを確認します。

レントゲン透視下で椎間の位置を確認
術中レントゲン撮影により、椎間レベルを確認

レーザードップラー血流計・LSFGにより、手掌の血流量をモニタリング

交感神経の切除により、手のひらの血流量が増加します。元々多汗症の方は、手掌の血流量が少なく、手のひらや足の体温が低いことがよくあります。
交通枝の切除の効果を手術中に判断することができます。
この血流量の変化をモニタリングするために、レーザードップラー計とLSFG(レーザースペックルフローグラフィー)を使用して、切除部位の評価を行います。

レーザードップラー血流計・LSFGにより、手掌の血流量をモニタリング

レーザードップラー血流計・LSFGにより、手掌の血流量をモニタリング

ETS術後の追跡調査を実施

ETS術後の追跡調査を実施ETS術後の治療成績は、患者様・執刀医双方が最も気になるデータだと思います。
ですが、多汗症手術後は大きな問題がなければ再受診することは殆どありません。
意図的にアンケートなどを送付しない限りは、術後の手汗・脇汗の止まり具合、代償性発汗の程度は、医師側にも分かり難いものです。
(アンケートの返送率も低いです)

私は、足汗の注射(腰部交感神経節ブロック)を施行しています。
この施術は日本でも施行施設が少なく、全国(北海道~九州・沖縄)から患者様が来院されます。
その6割程度は「過去に他院でETS手術を受けられた方」です。
これらの患者様との接点は、貴重なデータとして蓄積されていきました。

選択的ETSと腰部交感神経節ブロックの双方を扱う事により、幸運にもETS術後の長期成績(10年後や15年後)を生の声で聴くことができました。
もちろん代償性発汗の程度も、患者様ごとに違いますし、施行施設ごとにも違います。
交感神経のどの部位を切除すれば、その後どういった経過をたどるのか、ETS後の患者様と多数接することで実感しました。

この貴重なデータは、選択的ETSという術式に反映させています。
少しでも患者満足度の高い施術を提供するために、最善を尽くす所存です。